華ひらく南蛮文化

天草版伊曾保物語・羅ポ日対訳辞典復刻版・天草版平家物語

広辞苑の新村出教授は、銘じ41年大英博物館において「平家物語等天草本」を閲覧、ここで初めて天草学林の存在を認識し論及した。(昭和2年天草・本渡に来島)天草学林(コレジオ)は、キリスト教布教のための組織の中央であり、天草・島原の乱の思想的原点になったともいわれている。まだ版木で刷っていたころ金属活版による印刷がなされたところでもある。「天草コレジオ」と明記された本が平家物語等8種類、天草で刷られたと推定されるものが4種類ある。これらは宣教師が日本を知るためや日本人宣教師を養成するため1591年からローマ字等で刷られた。これによりキリスト教が広く普及するもととなった。

北原白秋の邪宗門

明治40年新詩社主催与謝野鉄幹を中心に青年詩人北原白秋・木下杢太郎・吉井勇・平野万里の5人は、キリシタン探訪のため天草を訪れた。白秋は、明治42年明治文学史上不朽の詩集「邪宗門」を刊行。天草は、これにより怪しくもきらびやかな切支丹文化の象徴的存在として一挙に浮上することとなった。収録された天草雅歌は浪漫と絢爛、色彩感覚に満ち斬新にして妖しい香気をはなっている。

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